背景
近年、人工知能(AI)は加速度的に進化を続け、ノイズから画像を生成する拡散モデルの開発と、それを基盤技術とする画像生成AIモデルであるStable Diffusionの登場により、画像生成AIの一般における使用が爆発的に広がった。一方、このような新しい技術の使用に関する適切なガイドラインや法制度は未成熟であり、様々な問題が生じている。
具体的には、①特定のイラストレーター等創作者の著作物を、他者が著作者に無断で画像生成AIに学習させ、その創作者の制作物の特徴を模倣した画像及びそれを生成できる学習済みAIモデルを公開する1)、又は、②他者が無断で著作物を画像生成AIで直接的に改変し、異なる著作物のように公開する2)といった行為が後を絶たない。Stable Diffusionや派生する画像生成AIモデルが使用した学習用データには無断転載が問題視される画像投稿サイトであるDanbooruのデータや、アニメなどの著作物のスクリーンショットを多数含み、さらにそれらを著作者に無断で学習に使用しているという根本的な問題も存在する。
本来、著作物の使用に際し、著作者の権利は著作権法によって保護されるが、2019年1月1日に施行された改正著作権法では、第30条の4において、情報解析の用に供する場合、使用する著作物の著作権の制限を認めることを明記している。本条項は、著作物の市場に悪影響を及ぼさない範囲で、AIによる機械学習などの情報解析に著作物を許諾なく利用できるようにするために設定された。そのため、「著作権者の利益を不当に害する場合はこの限りではない」とする但し書きが設定されており、機械学習に用いられる著作物の種類・用途・利用態様に照らし、著作権者の利益を不当に害する場合は権利制限の対象外とされる。画像生成AIが本但し書きに抵触するかどうかは諸説あり、結論は出ていない。類似の事例として、映画を作成する目的でディズニー映画をAIに機械学習させる行為は、著作権者の利益を不当に害することがすでに指摘されている3)。しかしながら、法解釈の議論の成熟を待つことなく、画像生成AIの機械学習における著作物の使用は適法であるという考え方が一方的に広まり、上述①の問題は、事実上野放しとなっている。最近では、公開された学習済みAIモデルを利用し、特定の創作者の制作物の特徴を模したアダルト画像を販売して収益を得る者が出ており、本来の創作者は、対価を受けることなく著作物を無断で使用されただけでなく、その技術が盗用及び悪用されている。
上述②の問題は、現行の著作権侵害の要件となる依拠性及び類似性の観点からも明確な著作権違反といえるが、該当のAI画像生成時のメタデータ及び生成過程の情報を削除することによって立証は困難となる。画像生成AIによって日々大量の画像が生成される中、著作者個人が個々に解決することは困難であり、著作権違反を指摘することで不当に攻撃を受けるケースも散見され、結果的に泣き寝入りするケースが多い。
画像生成AIの使用に伴うこれらの問題は、2019年の著作権法改正以前に予測されていた。2016年から2017年にかけて首相官邸のもとで開催された新たな情報財検討委員会では、音楽や絵画/イラストなどを生成するAIについて報告され、AI生成物が他者の著作権を侵害する事例やAI生成物が悪用される事例について、今後想定される課題として議論されている4)。しかしながら、当時は具体的な問題事例が多くない状況であったことから、AI技術の変化の激しさも踏まえ、AIの技術の変化等を注視しつつ、AI生成物に関する具体的な事例に即して引き続き検討することとされた。本検討会では、AIの利活用を推進するための環境整備についても議論され、AIによる機械学習を推進するための著作権法の権利制限規定に関する制度設計を求めている。このAIによる機械学習を含むニーズに対応する著作権の柔軟な権利制限規定の整備は、文化審議会による検討を経て、2018年5月18日に成立、翌1月1日の施行された改正著作権法に反映された。当該著作権法改正に関する文化審議会による検討では、著作権の権利制限の対象は、第1層(権利者の利益を通常害さない行為類型)及び第2層(権利者に及ぶ不利益が軽微な行為類型)における使用を想定し、AIの機械学習は、第1層として、ネットワーク機能向上のためのキャッシュ生成や、電子計算機におけるキャッシュのための複製と同じカテゴリーに分類された5)、6)。具体的には、AIによる機械学習は画像データの特徴を識別することで、著作物に付随するメタデータを抽出・活用するといった使用を想定している。すなわち、新たな情報財検討委員会で課題とされ、現在乱用されている画像生成AIのように、イラストそのものを生成するといった、学習元となった著作物そのものと類似する性質を持つデータを生成する使用を念頭に置いた議論は行っていない5)、6)。結果として、現在生じている上述①及び②の問題は、2017年時点で予測されていたものの、適切なガイドラインや法制度は整備されず、未対応なままで今に至る。
他者が特定の著作者の著作物を標的とした学習済み画像生成AIモデルを作成、公開、使用することは、当該著作者の著作物を偽る制作物の流通を容易にし、市場を混乱させ、当該著作者の評判を貶めるとともに、著作物全般に対して不利益を及ぼす。前述のとおり、著作権法30条の4は「著作権者の利益を不当に害する場合はこの限りではない」とする但し書きが設定されているが、本規定は「著作権者の著作物の利用市場と衝突するか、あるいは将来における著作物の潜在的市場を阻害するか」という観点から最終的に司法の場で判断されることになるとされ7)、特定の著作者を標的とした学習済み画像生成AIモデルが日々大量に作成される中、著作者個人が多額の費用と期間をかけ、その都度訴訟を通じて解決することは現実的ではない。画像生成AIが、著作権改正時の想定と大きく異なる次元で使用され、それに伴って多くの問題が生じていることを鑑みると、法の適切な規定とその適用をもって解決することが適当である。
画像生成AIは画期的な技術であり、創作を資産価値の中心とするクリエイティブ業界及びコンテンツ業界に対して長期的に資することが期待されるものの、黎明期特有の混乱がもたらす弊害は大きく、一刻も早い対応が求められる。そのためには、画像生成AIの適正使用及びそれに伴う著作権制度の整備が必要であり、基本方針として以下を提言する。
提言
- Stable Diffusionに代表される画像生成AIの学習における著作物の使用は、著作権法30条の4に規定する著作物の権利制限の対象外とすること。
- 画像生成AIの学習における著作物の使用はオプトイン方式とし、著作者から著作物の使用許可を事前に得ること。
- 画像生成AIの使用において、AIの学習に使用した著作物の著作者に対し、そのAIが消費者に使用された回数等に応じたライセンス料を支払うこと。
- 著作権は、これまで通り、思想または感情の創作的表現に与えること。
- 画像AI生成物においては、すべて又は大部分が画像AI生成物である制作物を著作権の保護の対象とせず、創作的寄与が明確に認められるもののみ保護の対象とすること。
創作におけるAIの寄与はこれまでも、また今後においても疑い無いものの、画像生成AIをはじめとする技術の進歩を踏まえ、今後の創作世界及び産業の発展、並びにAIとの共存を模索するにあたっては、著作権の保護及び著作者への利益の還元を確保することに一層の注意が必要である。画像生成AIの使用から著作者が対価を得るためには、学習に使用された著作物と著作者を連結する必要があり、また著作者本人の自由意志による参加を保証するために、オプトイン方式が適切である。オプトアウト方式の適切な運用にあたっては、50億枚以上とも言われる無断使用画像データを著作者が個々に確認する必要があり、著作物と著作者の連結という観点からも現実的でない。一方で、画像生成AIの学習に著作物の無断使用が氾濫している現状において、あえて使用の許可取得の労力及びライセンス料を負担しながら、画像生成AIを善意によって構築することは困難である。無断学習で製造された学習済み画像生成AIを法によって適切に規制することで、はじめて著作権を適切に取り扱い、かつ著作者への利益還元が確保された画像生成AIを誘導及び実現することができる。著作権者は自身の著作物を学習させた画像生成AIを製造でき、それを活用、場合によっては商用にライセンスを供与するなどし、画像生成AIから適切に著作物使用の対価を得ることができる。そのために、画像生成AIの機械学習は、著作権法30条4に規定する著作物の権利制限の対象外とする必要がある。
画像生成AIは大量の制作物を短期間に生成でき、理論上、電子データとして存在するあらゆる表現の組み合わせを網羅することができる。それらのAI生成物、またはその微細な修正物に著作権を認めることは、画像生成AIを用いて大量に画像を生成する個人または法人による不当な著作権の独占を引き起こし、自由な創作を阻害する。そのため、画像生成AI生成物においては、大部分が画像生成AIによらない作業で構成されるなど、創作的寄与が明確に認められるもののみを著作権の保護対象とする必要がある。一方、創作的寄与が乏しく本来は著作者足りえない者が、AIを使用せずに自ら創作した作品であることを僭称し、著作権を主張する事例は増加しており、僭称コンテンツ問題はすでに顕在化している。今後、著作権侵害に関する争いが多発することが予想され、著作者は、自身の創作プロセスを綿密に記録するなど、立証の工夫が求められる3)。
本提言は、現状を踏まえ、創作及び産業の双方の発展を企図するものである。また、2018年5月18日に成立した改正著作権法で本来想定された第1層(権利者の利益を通常害さない行為類型)に合致するAIの機械学習における著作物の権利制限を対象とするものではなく、著作権法改正時に想定した第1層とは異なる次元で使用される画像生成AIの適切な使用と、著作者の権利の保護を促すものである。本提言を実務レベルで実行するためには、画像生成AIの定義及び範囲、並びに著作権を付与する画像生成物の範囲などを、様々なステークホルダーを交えて、具体的な議論を進める必要がある。また非代替性トークン(NFT)などブロックチェーンに代表される技術基盤のさらなる発展も求められ、完全な実現には相応の時間がかかると考える。一方、画像だけでなく、映像、音楽など、多方面にわたり、生成AIの適正使用と著作権保護の関する基本的な考え方として適用可能と考える。
生成AIに関する議論は未成熟であるが、本提言が呼び水となり、各所でさらなる議論が進むことを期待する。議論の発展に伴い、本提言も適宜改訂する。
クリエイターとAIの未来を考える会 有志
2023年2月18日 第1版発行
参考文献
- Civitai, https://civitai.com/tag/dreambooth. Accessed Feb 13, 2023.
- 新清士, 2023, 「AIトレパク」が問題に, ASCII.jp, Available at https://ascii.jp/elem/000/004/121/4121719/. Accessed Feb 16, 2023.
- 愛知靖之, 2020, AI生成物・機械学習と著作権法, 日本弁理士会 パテント2020 Vol.73 No.8(別冊No.23).
- 新たな情報財検討委員会, 2017, 新たな情報財検討委員会報告書 ―データ・人工知能(AI)の利活用促進による産業競争力強化の基盤となる知財システムの構築に向けて―(平成29年3月), Available at https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kensho_hyoka_kikaku/2017/johozai/houkokusho.pdf. Accessed Feb 16, 2023.
- 文化審議会著作権分科会, 2017, 文化審議会著作権分科会報告書(平成29年4月), Available at https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/pdf/h2904_shingi_hokokusho.pdf. Accessed Feb 16, 2023.
- 文化審議会著作権分科会, 2018, 著作権法の一部を改正する法律 概要説明資料, Available at https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/bunkakai/51/pdf/r1406118_08.pdf. Accessed Feb 16, 2023.
- 文化庁著作権課, 2019, デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定に関する基本的な考え方(著作権法第30条の4,第47条の4及び第47条の5関係)(令和元年10月24日). Available at https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/h30_hokaisei/pdf/r1406693_17.pdf. Accessed Feb 16, 2023.